伊藤貴麿関連資料(5)「菊姫物語」

 伊藤貴麿関連資料の5回目は、今回も翻訳で、講談社の絵本177『菊姫物語』(大日本雄弁会講談社、1957年)から「菊姫物語」です。絵本なので本当は絵があった方がいいのですが、絵(石井健之)は著作権が残っていますので、文のみ掲載します。
 原作は『聊斎志異』の「黄英」ですが、特に途中からは、かなり話が違いますので、原作と読み比べてみるのも良いでしょう。この話の原文どおりの翻訳は、岩波文庫の『聊斎志異』下(立間祥介編訳)に収められています(p.377)。
 なお、伊藤貴麿はこの本の解説で、『聊齋』について

この本は、恐ろしい話ばかりにみちていると思っている人もいますが、なかなか純情な妖精の話も多く、この「黄英」ほか、「竹青」「花姑子」など、蒲松齢の筆になる妖精類には、暖かい血がかよっていて、そこが同類の中国小説中でも特にすぐれた点であります

と、述べています。

菊姫物語     伊藤貴麿

p.2
 ちゅうごくの じゅんてんと いう ところに、ひとりの おじいさんが すんで いました。おじいさんは、かわいい ひとり むすめの すいらんを なくして、たいそう かなしんで いました。
 おじいさんは、まえから、きくを つくるのが たいへん じょうずでしたから、あるひ、ふと きくを つくって こころを なぐさめようと おもいたちました。そこで、めずらしい たねを かいに、はるばる ナンキンへ でかけました。

p.5
 おじいさんは いくにちか かかって、やっと にぎやかな ナンキンの まちに つきました。さっそく ともだちを たずねて、めずらしい きくの たねを かいたいと たのみました。ともだちも、いろいろと ほねを おって くれましたので、とうとう ある ひ、とても めずらしい きくの たねを、てに いれる ことが できました。

p.7
 おおよろこびで かえって きた おじいさんは、かえりみちで ろばに のった しょうねんに あいました。しょうねんは したしそうに はなしかけました。
「ぼくは ナンキンの ものですが、あねが にぎやかな ところを きらいますので、ずっと きたの まちへ うつる つもりです。」
 なるほど、おじいさんが みますと、まえを いく ほろぐるまに、めの さめるような うつくしい おんなの こが のって いました。

p.8
 その おんなの こは、なくなった むすめの すいらんに とても よく にて いました。おじいさんは きょうだいを じぶんの やしきへ つれて いき、
「とおい きたの くにへ いくより、ここで いっしょに くらしたら どうですか。」
と いいました。おんなの こは やしきの にわが ひろいのを なにより よろこんで、しょうち しました。きょうだいの なは、あねを こうえい おとうとは とうと いいました。

p.10
 ある ひの こと、おじいさんが かって かえった、きくの たねの つつみを、あけて みると、ふしぎな ことに、なかは からっぽでした。あんなに たいせつに して きたのにと、おじいさんは がっかりして しまいました。すると こうえいと とうは、おじいさんを なぐさめながら いいました。
「きくの たねは なくなっても、わたしたちが きっと、うつくしい はなを さかせて おめに かけましょう。」

p.13
 こうえいは、おとうとの とうを よんで にわを たがやし、どこからか もって きた きくの なえを、せっせと はたけに うえました。
 ふたりが うえた きくは ふしぎな きくで、どんどん のびて いきました。おじいさんは おおよろこびで、どんなに りっぱな はなが さくかと、たいそう たのしみに して いました。

p.14
 なつが すぎて あきに なりました。おじいさんの うちには、おおきな うつくしい きいろの きくと、しろい きくの はなが にわ いちめんに さきはじめました。おじいさんは おおよろこびで、はしって いきました。
「それ、きれいな きくが さいたよ。さいたよ。こうえいさんも とうくんも きて ごらん。」
と、ふたりの へやへ こえを かけました。

p.16
 ところが、いつも とんで でて くる こうえいは、すがたを みせません。へやをさがすと、とうまで いなく なっていました。じっと かんがえて いた おじいさんは、はっと きが つきました。
「ああ、そうだ。あの きょうだいは、きっと きくの はなの せいに ちがいない。この きぎく しらぎくこそ、あの かわいい ふたりの すがたじゃ。」

p.18
 ふたりを なくした おじいさんは、じぶんの むすめを なくした ときと おなじように かなしみました。それを なぐさめるように、きぎく しらぎくは、まいねん、うつくしく にわに さきにおいました。


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