中国における金聖歎研究の展開 [ 要旨 ]

 金聖歎に関する論考は、雑誌論文・新聞記事・学位論文などを合わせると、すでに六百編にも達しており、中国の古典小説研究界においてはすでに重要な研究分野の一つと認識されている。しかし日本においては未だ研究が充分に行われているとは言い難く、かつ中国における研究成果も充分に知られていないのが現状と言わざるを得ない。そこで、中国における金聖歎研究の概況を、『水滸伝』に対する評点・改作に関するものを中心に述べたのが本稿である。

 まず、近代的な古典小説研究が始められて以来、金聖歎に対する評価は、好意的なものと批判的なものとに大きく二分される傾向が見られる。一九八○ 年ごろまでは、金聖歎の政治的立場が反動文人であるか否かという点を主な軸として、彼の評価についての議論が展開されることとなる。

 この情況に変化が訪れたのは、一九八○年代である。金聖歎研究における論点拡大を背景に、新たに登場したのが金聖歎評から小説理論を抽出・整理するという研究方法である。以後、研究の中心は、金聖歎の政治的な立場に関する議論から小説理論の抽出へと移行し、金聖歎研究の意義も彼の小説理論に求められることとなった。

 一九九○年代に入ると、金聖歎研究の方向性は、ますます小説理論方面へと収斂されていく。その中で新たに見られるようになったのが、「叙事理論」等の言葉を冠する論考である。「叙事理論」とは、日本で「物語論」と呼ばれている文学研究の一方法を本来指すものだが、中国の金聖歎研究においては、それまで「小説理論」と呼んでいたのを言い換えただけで、内容は従来行われてきた理論の抽出である場合が多く、本格的な物語論の利用は今後の課題といえそうである。

 また、小説理論を金聖歎評から抽出する研究では、評語の各部分に着目するために内容が細分化される傾向が見られる。従ってこれまでに金聖歎評より抽出された小説理論を再構築し、金聖歎評全体を最終的に特徴づけているものが何であるかを議論することも今後必要であろう。

※ なお、ここに書かれた研究状況は2001年時点のものです。
『中国学研究論集』第7号、69-80頁、2001年4月27日