貫華齋

西遊記・金聖歎・中国古典小説

 のっけから私事で恐縮ですが、二○一一年度から二〇一三年度までの三年間、「海域交流をキーワードとした中国通俗文芸の学際的研究」という科研費(科学研究費助成事業)プロジェクトに参加させていただいておりました(基盤(B)23320075)。このプロジェクトでは、中国通俗文芸(中国の小説とか戯曲とか)がどのような形で人々に受け入れられてきたのかについて、調査・考察を行いました。

 私はそれまでは『水滸伝』、というか、『水滸伝』の刊行時に本文の周辺に付けられたコメント(これを評点といいます)を研究していたのですが(今もやめたわけではありませんけど)、「海域交流...」に参加するなら「日本で『西遊記』がどのように受け入れられてきたかを研究したい」とワガママを言って、『西遊記』の受容、特に日本において児童書という形態で行われた受容の状況について研究をする担当にしていただきました。

 このような研究テーマを選んだのは、ほかの人と『西遊記』の話をしている時、自分が好きなエピソードを相手が知らなかったり、逆に相手が好きなエピソードを自分が覚えていなかったりする事がよくあり、「これは一体どういうことなのだろう? 」と常々疑問に思っていたからです。

 同様の事は作家の小川洋子さんも経験されているらしく、角川書店のPR誌『本の旅人』二〇一三年二月号の「秘密の友情」という文章の中で「 パナソニック・メロディアス・ライブラリー 」という番組のお話を書かれていて、次の様におっしゃっています。

ラジオ番組で毎週一冊、本の紹介をするようになって五年ほどが経つ。未来に残したい文学遺産、というキャッチフレーズのもと、教科書に載っている名作から最新のベストセラーまで、児童文学、詩集、戯曲、古典、ノンフィクション、あらゆるジャンルの本を取り上げてきた。 / 毎回収録の前、次の月に扱う本を四、五人のスタッフと一緒に話し合って決めるのだが、実はその時間が一番面白い。例えば、とても有名なお話なのに記憶しているストーリーが一人一人皆違っていたり(例えば西遊記)…(中略)…、といった具合で、思いがけない発見がある。

 この「記憶しているストーリーが一人一人皆違ってい」る原因について、私は「子供の頃に児童書で読んだ『西遊記』に左右されているのではないか? 」と睨んでおり、「海域交流...」に参加するのを契機として、児童書西遊記について調べてみようと思い立ったのです。

 そしてプロジェクトが動き出し、その三年間に、ささやかながら業績をあげることができました。そして、プロジェクト期間の終了後も、引き続き『西遊記』の受容に関する論文を書いたり、発表をしたりしています。しかし、私たちの業界でいう業績は、論文であれ、研究発表であれ、基本的には同業者に向けたもので、なかなかそれ以外の皆様にその研究結果をお知らせする機会がありません。

 そこで、既に論文にした内容や、調査によって明らかになったけれども論文にするほどでもない小ネタなど、日本で明治以降に児童書として刊行された西遊記のあれこれについて書いたり考えたりしたものを、一般向けにリライトして読んでいただこうと考え、2014年にブログを開設しました。このブログに書いた文章が、このコーナーの元になっています。「ぼくら」という言葉に、児童書を読む子供のニュアンスと「我々日本人の」という意味を託し、ブログ名(本サイトのコーナー名)を「ぼくらの西遊記」としました。

 ブログ形式で発表していた時にも更新が滞ってしまっており、まだまだ完成にはほど遠いですが、研究もすすめつつ、こちらも少しずつ形を整えていきたいと思います。

井上浩一

追記:2017年8月に本コーナーの名称を「僕たちが読んだ西遊記 -日本児童書西遊記史-」と改めました。