語感を狂わす反日デモ報道

前回、ここで触れた日本大使館や日本企業への破壊活動について日本側が抗議したところ、中国政府は「反日デモは日本の責任」と答えたらしいというニュースがありました。
 どうやら「デモ=暴徒化」という感覚になってしまっているのは私だけではなく、中国政府も同じようです。破壊行為についての抗議に対して何故「デモの責任」の話をしなければならないのでしょうか。上の記事のように記者から質問が出たり、町村外相が「(通常のデモと、投石などの行為を)すべて一緒にして、日本に責任があるかのごとき発言だ」と言ったのは当たり前だと思います。
 ま、中国政府の場合、ホントは語感の問題というよりも、わざと話をずらして誤魔化そうとしているのでしょうけど。

 なお、こちらの記事には「反日デモに対して町村信孝外相が中国政府の謝罪や損害の補償を求めた」とありますが、この文のとおりだとすると「デモをした」ことに対して謝罪や賠償を求めたことになります。常識的に考えて上の大使による抗議の場合と同じく「デモ」ではなく、「破壊活動」に対する謝罪と賠償だと思うのですが、日経が間違えた(というか文をまとめすぎた)のでしょうか。だとすれば新聞社でも「デモ=暴徒化」という感覚になっているのかもしれません。

 もう一つ、今回の騒動に関する言葉で微妙な表現だなと思ったのが4月9日の北京でのデモなどを「大規模デモ」とする表現です。「ふ~ん、そんなに大規模だったのか」と、この「大規模デモ」が何人規模だったか調べてみると、1万人程度なんですね
 1万人というのは大規模なデモなんでしょうか?
 まあ、上の記事のように「北京での反日デモ」に限定すれば(どんな限定の仕方やねん)大規模なもののようですし、日本の大学のキャンパスで見られる、ちょっと古いタイプの思想を持った学生の方々による数十人単位のデモに比べれば確かに大規模ですけど、中国国内の暴動ではもっと大きな人数が動いているみたいですし、もし今年、プロ野球の我が愛する「タテジマチーム」が昨年度以下の成績だったりしたら甲子園球場や大阪ではもっと大規模な監督解任要求デモがおこなわれそうな気がします(甲子園の収容人数は5万3千人。優勝時、御堂筋パレードに集まった人数は40万人)。

 それに1万人や2万人が大規模だとすると先月26日に台湾で行われた反国家分裂法に反対するデモ(参加者数は数十万~百万人。ちなみに台湾の人口は2300万人程度)は何というんでしょうね。
http://blog.livedoor.jp/ethnic/archives/17289430.html
http://zhenyan.cocolog-nifty.com/twlog/2005/03/326.html

 要するに「常識はずれの暴れっぷり」で騒ぎになっているのを、デモが「大規模」なのと勘違い(?)しているんじゃないかという気がしています。