伊藤貴麿関係資料(10)「金姑夫」

今回も、雑誌『新小説』28巻8号(大正12年8月)に掲載された「緑蔭雑筆」から、祠にまつられた女性に婿入りさせられる、「金姑夫」という話です。『聊斎志異』巻七に収められています。

綠蔭雜筆     伊藤貴麿

金姑夫

 會稽に梅姑祠と云ふのがある。御神體は、もと馬と云ふ姓の女で、東苑に住んで居たが、許婚の夫が早く死んで了つたので、それから何所へも嫁せず、操を立て通して、三十歲の時死んだので、身肉の者が祠を立てゝこれを梅姑祠と云つたのであつた。
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伊藤貴麿関連資料(9)「碁鬼」

今回も、過去2回と同様、雑誌『新小説』28巻8号(大正12年8月)に掲載された「緑蔭雑筆」から、「碁鬼」という賭け碁で死後も身を滅ぼした男の話です。原題は「棋鬼」。『聊斎志異』巻四に収められています。

綠蔭雜筆     伊藤貴麿

碁鬼

 揚州の梁公といふ將軍が、官を辭して鄕里に住つて、近所を廻つて每日酒を飮んだり、碁を打つたりして居た。丁度九月の九日の日、客と切りに黑白を戰はして居ると、一人の男がやつて來て、盤の側に立つて、熱心に見惚れて居た。容貌はやつれ襤褄を纏つて居たが、樣子が何となく奧床しく、文人のやうに思はれたので、公は叮嚀に座席を進めると、其の男も叮嚀に挨拶した。そこで公は、碁盤を指して曰つた。
「先生もきつと此の道をおやりになるのでせう。一番客人とお差しになつては。」
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伊藤貴麿関連資料(8)「三生」

今回は、前回の「王桂菴」と同じく、雑誌『新小説』28巻8号(大正12年8月)に掲載された「緑蔭雑筆」に収められた話の中から「三生」を載せます。三度の前世を憶えている男の話です。

綠蔭雜筆     伊藤貴麿

三生

 湖南の某は能く前生三世を憶えて居た。第一世は役人となり或る時試驗官として、場に臨み、受驗生の文を採點した事があつた。其の時興と云ふ書生があつて、試驗を受けて落第し、憤懑の極死んで陰司に行き、訴狀を作つて閻王に訴へた。時恰も同病死者數萬陰府に滿みて、興の訴狀の一度投ぜられるや、聚散成羣して興を首とし、鬼嘯陰 殷々として閻羅府を動かさんばかりであつた よつて湖南の某は地獄に引かれて、閻王の前で對質訊問せられる事になつた。
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伊藤貴麿関連資料(7)「王桂菴」

今回は、雑誌『新小説』28巻8号(大正12年8月)に掲載された「緑蔭雑筆」から「王桂菴」を載せます。これも『聊斎志異』の「王桂菴」の翻訳になります。同じ年の6月には『赤い鳥』に「水面亭の仙人」を、9月には「虎の改心」を掲載していて、この時期は『聊斎志異』を好んで訳した時期ということが言えそうです。

綠蔭雜筆     伊藤貴麿

王桂菴

 名家の出で、王穉、字は桂菴といふ者があつた。或る時南に遊んで、舟を河岸に着けて居ると、隣りの舟に榜人(せんどう)の娘が居て履(くつ)を縫取りして居た。其の姿はなかなかあでやかだつたので、王は切りに盜み視て居たが、娘は鳥渡も氣が付かないものゝやうであつた。そこで王は、
 洛陽女兒對門居、と、王維の詩を吟じ出した。娘に聞かせようとしたのである。すると娘は、自分に對して王が云つて居る事を知つて、鳥渡首を舉げて、ちらりと流し目に見たが、又首を垂れて、元のやうに履を縫ひ取り爲初めた。 “伊藤貴麿関連資料(7)「王桂菴」” の続きを読む


伊藤貴麿関連資料(6)「勞山道士」

伊藤貴麿関連資料6番目も『聊斎志異』の翻訳です。今期は「勞山道士」。しばらく『聊斎志異』の翻訳を載せていこうと考えています。

さて、この翻訳は『住宅』という雑誌に1922年8月に掲載されました。『住宅』は基本的には大人向けなのですが、家族全体で読まれることを想定していたのか、童話がよく掲載されていました。この「労山道士」も「童話」として掲載されており、私が今まで見た中では、伊藤貴麿の童話(児童向け読み物)の最も早いものです。

同じ月には以前に掲載した「聊齋妖話」(「胡四姐」「畫皮」の2編)が雑誌『新小説』に掲載されており、この時期『聊斎志異』がマイブームだったのかもしれません。

勞山道士     伊藤貴麿

 私の村に王生と云ふ者があつた。彼は或る舊家の七男で、若い時から道を慕つて居た。或時、勞山に多くの仙人が居るといふ事を聞いて、笈を負ふて修道に出かけた。頂に登つて見ると、一つのお堂があつてなかなか幽邃である。一人の道士が薄團の上に坐つて居た。長い髮がうなじ迄垂れて、顏色さわやかである。王生はお辭儀をして、一緖に話して見ると、甚事理に徹して居るやうであつたから『どうかお師匠樣になつて下さい。』
と、王は賴んだ。すると道士は云つた。
『お前さんは懶け者らしいから、恐らく苦業が力まるまい。』
『いえ、大丈夫で御座います。』
と王は答へた。 “伊藤貴麿関連資料(6)「勞山道士」” の続きを読む