貫華日記Ⅱ

伊藤貴麿関連資料(13)「劉孝廉の話」

今回から雑誌『新小説』30-1(大正13年)に掲載された「劉孝廉の話」から、三つの話を一つずつ載せていきます。まずは表題作「劉孝廉の話」。生まれ変わりを記憶している男の話で、一人称の視点で書かれています。原題は「三生」。以前に掲載した「三生」とは別の話で、混乱を避けるために、後出のこちらはタイトルを変えたのかもしれません。『聊斎志異』巻一に収められています。もちろん原作は一人称視点ではありません。

劉孝廉の話     伊藤貴麿

――俺は能く前生の事を憶えて居て、ありありと云つて見せる事が出來る。ずつと前の世だ。俺は家柄の家に生れて、所有る惡業をやつたあげく、六十二で死んだのだつた。初めて冥王の前に出ると、冥王の奴俺を丁寧にもてなして、坐をくれて、お茶を出してくれた。ふと見ると、冥王の碗の中の茶の色は、澄み切つて居て、俺の碗の中のは醪(にごりざけ)のやうに濁つて居やがるのだ。そこで俺は、こいつもしかすると、魂を眩まして過去を一切忘れさせて仕舞ふ、迷魂湯とでもいふやつぢやないかしらと氣付いたものだから、すかさず冥王が橫向いたひまに、案の角から打ち空けて仕舞つて、飲んだ振りをしてやつたものだ。
“伊藤貴麿関連資料(13)「劉孝廉の話」” の続きを読む


伊藤貴麿関連資料(12)「金陵乙」

今回の「金陵乙」で「緑蔭雑筆」(『新小説』28巻8号、大正12年)に収められた作品は終了です。狐の力を悪用しようとした男の話。『聊斎志異』巻九に収められています。

綠蔭雜筆     伊藤貴麿

金陵乙

 金陵に酒賣の乙と云ふ者があつた。いつも酒を讓す時、水をくんで其の中に藥を入れると、直ぐ良い酒が出來て、二三杯飮むと泥のやうに醉ふので、酒造りの名人の名を取り、巨萬の富を造つた。
 彼が或る朝早く起きて見ると、一匹の狐が酒槽の側に醉ひ潰れて居たので、四つ脚を縛つて、方に刀を取らうとして居る時狐は眼を醒して、哀願して云つた。
「どうか赦して下さい。どんな御用でも致します。」
“伊藤貴麿関連資料(12)「金陵乙」” の続きを読む


伊藤貴麿関連資料(11)「董公子」

今回も、雑誌『新小説』28巻8号(大正12年8月)に掲載された「緑蔭雑筆」から、「董公子」という話です。主人の首は斬っても関帝廟のそばに埋めてはいけませんという話...なのかな?『聊斎志異』巻六に収められています。

綠蔭雜筆     伊藤貴麿

董公子

 靑州の董尙書の家庭は非常に嚴肅で、內外の男女はひと言も交す事を許されなかつた。或る日一人の婢と僕とが、中門の外で巫山戯て居たのを公子に見つけられて、ひどく、叱られて、二人共逃出して了つた。
“伊藤貴麿関連資料(11)「董公子」” の続きを読む


伊藤貴麿関係資料(10)「金姑夫」

今回も、雑誌『新小説』28巻8号(大正12年8月)に掲載された「緑蔭雑筆」から、祠にまつられた女性に婿入りさせられる、「金姑夫」という話です。『聊斎志異』巻七に収められています。

綠蔭雜筆     伊藤貴麿

金姑夫

 會稽に梅姑祠と云ふのがある。御神體は、もと馬と云ふ姓の女で、東苑に住んで居たが、許婚の夫が早く死んで了つたので、それから何所へも嫁せず、操を立て通して、三十歲の時死んだので、身肉の者が祠を立てゝこれを梅姑祠と云つたのであつた。
“伊藤貴麿関係資料(10)「金姑夫」” の続きを読む


伊藤貴麿関連資料(9)「碁鬼」

今回も、過去2回と同様、雑誌『新小説』28巻8号(大正12年8月)に掲載された「緑蔭雑筆」から、「碁鬼」という賭け碁で死後も身を滅ぼした男の話です。原題は「棋鬼」。『聊斎志異』巻四に収められています。

綠蔭雜筆     伊藤貴麿

碁鬼

 揚州の梁公といふ將軍が、官を辭して鄕里に住つて、近所を廻つて每日酒を飮んだり、碁を打つたりして居た。丁度九月の九日の日、客と切りに黑白を戰はして居ると、一人の男がやつて來て、盤の側に立つて、熱心に見惚れて居た。容貌はやつれ襤褄を纏つて居たが、樣子が何となく奧床しく、文人のやうに思はれたので、公は叮嚀に座席を進めると、其の男も叮嚀に挨拶した。そこで公は、碁盤を指して曰つた。
「先生もきつと此の道をおやりになるのでせう。一番客人とお差しになつては。」
“伊藤貴麿関連資料(9)「碁鬼」” の続きを読む