「河童の沙悟浄」という認識

みなさんは、西遊記で玄奘三蔵の弟子の一人として登場する沙悟浄が、河童ではないことをご存知でしょうか?河童は日本固有の妖怪ですので、当たり前といえば当たり前ですし、これをお読みのみなさんは西遊記に興味をお持ちの方が多いかと思いますので、ご存知の方も多いかと思います。しかし、一般的には河童であると認識している人が日本では多いようです。

 筆者は、2015年に、仙台市内及び福島市内の大学で中国語を受講する学生218人に対してアンケートを実施しました。質問内容は「中国の小説『西遊記』に登場する「沙悟浄」というキャラクターは、実は河童ではありません。あなたはこの事を知っていましたか?」というものです。その結果は次のようになりました。

  • 1.河童だと思っていた。         164人
  • 2.河童ではないことを知っていた。    15人
  • 3.そもそも河童だと思ったことがない。  21人
  • 4.沙悟浄を知らない。          18人
  • この結果から、アンケートに協力してくれた学生の約75%(沙悟浄を知らない学生を除けば82%)が沙悟浄を河童だと思っていたことがわかります。

     しかし、河童は日本固有の妖怪ですから、中国の古典小説のキャラクターである沙悟浄は河童ではありません。原作の西遊記では、沙悟浄が三蔵一行の前に登場する場面(第22回)を次のように描写しています。

    三蔵たちが碑文をながめるおりから、にわかに山のごとき大波が湧き起こり、河のまん中からガバッとおどり出た妖怪、見るからに憎体な面構え。/一頭の紅燄、髪は蓬鬆(おぼろ)、両隻(ふたつ)の円き睛(まなこ)は亮(あかる)きこと燈に似、黒からず青からず藍靛(あいいろ)の臉(かお)、雷のごとく皷のごとき老竜の声。身には一領(いちまい)の鵝黄の氅(はねごろも)を披(かつ)ぎ、腰には双攢の露白の藤を束ぬ。項(うなじ)の下の骷髏は九個を懸け、手には宝杖を持ちはなはだ崢嶸(たけだけ)し。(太田辰夫・鳥居久靖訳『西遊記』)

    確かに河から躍り出る「妖怪」(原文は“妖精”ですが、「フェアリー」という意味ではなく、「妖怪」という意味です)とは表現されていますが、「河童」とは書かれていません。容姿を表す文の中では「蓬鬆(おぼろ)」というのが訳でもわかりにくいですが、ボサボサな感じの髪型です。現代ではおしゃれで故意に「蓬鬆」にする人もけっこういるようで、ネット検索すると「蓬鬆」のヘアメーク法などが出てきます。これが原典(通行本)本文の沙悟浄ですが、挿絵はつぎのようになっています。

    文中では、頭を剃るのは弟子入りしてからなのですが…。まあ、河童ではないですよね。剃髪後の「沙和尚」の名にふさわしい感じがします。

    現代の児童書西遊記の挿絵では次のようになっています。

    まずは伝統的な連環画の挿絵です。絵の下に説明があるタイプの絵本(西游记全集连环画3中国少年儿童出版社 2003)です。

    子供向けカラー絵本でも連還画風の絵のものがあります。(小宝贝经典悦读书系 西游记 长江少年儿童出版社 2015)

    ポップな感じの絵本ももちろんたくさんありますが、やはり沙悟浄はこんな感じで、河童風ではありません。(漫画中国古典名著西游记 浙江少年儿童出版社 2013)

    肌が藍靛(あいいろ) ではないなど、原典とは異なる点もありますが、どれも甲羅を背負い、くちばしをもち、頭に皿を乗せた河童ではありません。

     このように、沙悟浄を河童と見なす認識は、 日本人独特のものであり、海外の人から見ると奇異なものと感じられるようです。

     例えば、2015年10月24日に関東ローカルで放送された、テレビ朝日『ヤーヌス』という「信じていたのに事実は違う」ことを紹介する番組では、日本で沙悟浄が河童にされているというのを聞いて驚く中国人(日本在住の方)の様子が映し出されていました。

     また、「「日中文化交流」と書いてオタ活動と読む」という、中国オタクのネットへの書き込みを訳すブログでも、日本の河童化された沙悟浄についての話題が載せられたことがあり(「中国人「日本の沙悟浄が謎すぎる。何あの怪物?」2012年2月19日)、そこでも中国の人々は「何あれ?」「河童らしいよ」「何で沙悟浄が河童?」「なんでこうなった!?」という感じで驚きを示しています。(http://blog.livedoor.jp/kashikou/archives/51861425.html)

     さらに、韓国人研究者である宋貞和氏が中国で刊行した『《西遊記》と東アジア大衆文化:中国・韓国・日本を中心に』(鳳凰出版社、2011年、原題『≪西游记≫与东亚大众文化:以中国、韩国、日本为中心』)という本の「河童化した沙悟浄」という文章には以下の様に書かれています。

    日本の『西遊記』に関するテレビドラマ・映画・漫画・アニメなどの作品の中で、ただ沙悟浄だけが、頭に帽子を被った緑色の妖怪や人のイメージで造形されている作品が特に多い。実はこれは日本の土着の妖怪で、河童と呼ばれているもので、『西遊記』中の沙悟浄とは何の関係もない。それでも『西遊記』に関する日本の大衆文化作品の中では沙悟浄をカッパのイメージで造形する状況が随所に見られるのである。およそ『西遊記』を読んだことのある人ならば、日本文化の中の『西遊記』に関するこの独特な現象を、奇妙に感じることを免れ難い。(井上訳)

    このように、「河童の沙悟浄」という認識は、海外から見れば「日本独特の独特な現象」であり、「奇妙に感じることを免れがたい」ものなのです。

     それでは、いつごろから日本では沙悟浄を河童にしてしまったのでしょうか?この点についてはすでにいろいろ研究されていますので、次回はそれをご紹介したいと思います。

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