貫華齋

西遊記・金聖歎・中国古典小説

A部分2型の児童書西遊記

 今回は、A部分2型、則ちA部分から挿話を採用し、孫悟空が取経に行かないというタイプの児童書西遊記を見てみたいと思います。

 これらは数は多くないものの、分散して様々な時代にあらわれているのですが、古い時代(1960年代まで)に欠かれたものと、比較的新しい時代に書かれたもの(1980年代以降)という、二つのグループに大きく分けられます。

 古い時代のものは、西遊記のある場面にスポットを当てる形で挿話を採用し、その場面がたまたまA部分だったために、結果的にA部分型となった、と考えられます。例えば以下の四つがこれに該当します。

  1.  小山内薫「石の猿」(『石の猿』(赤い鳥の本6、赤い鳥社、1921年)に収録)
  2.  宮津博「孫悟空」(『 学校劇集 』(世界名作物語、光文社、1949年)に収録)
  3.  佐藤春夫「孫悟空」(『 仙女の庭 』(冨山房、1961年)に収録)
  4.  小山内薫「石の猿」(『 不思議ものがたり 』(ネット武蔵野、2005年)に収録)

 まず、1と4は同じ作品を異なる形式の童話集に収録したものなので中身は同じです。1は小山内薫の作品集に、4は芥川龍之介の「杜子春」などと共に昭和初期に書かれた不思議な話を集めた作品集に収録されています。ですから2005年の刊行とはいっても、新しく編纂した話ではないので、「古い」方に入れました。これらの本では、1と4は孫悟空と釈迦如来が勝負をする場面(A10)に、2は孫悟空が仙術を学ぶ場面(A02)に、3は孫悟空と二郎真君との対決(A09)にそれぞれ焦点を当てたために、それ以降の部分が省かれて、A部分2型となったと考えられます。なお、1・4では釈迦如来に敗れた孫悟空が下界へ帰ることになっており、原作とは異なる結末で話が終わっています。2は孫悟空が三星洞(仙人のいる所)を去る場面を、3は孫悟空が二郎真君にとらわれる場面をそのまま結末としています。

 比較的「新しい」時代のものは、中華人民共和国の出版社とのつながりが見られます。そのようなものとして例えば以下の3点を挙げることができます。

  1. 唐澄 『 孫悟空大あばれ 』(外文出版社・ほるぷ出版、1980年)
  2. 劉進元・福井研介 『 ゆかいな孫悟空 』(童牛社、1982年)
  3. 泉京鹿 『 あばれんぼうのそんごくう 』(中国のむかしばなし4、中国出版トーハン、2011年)

1は北京の外文出版社が、日本のほるぷ出版の発売で刊行したもの。2は編者 劉進元・再話 福井研介となっており、どのように役割を分担したのかはっきりとはわかりませんが、編者は中国の人のようです。また、最終頁に「この本のさしえは(中略)中国・人民出版社が提供してくださったものです」と書かれていて、人民出版社との関係が示されています。3は中国出版トーハン株式会社の刊行物で印刷は北京、「中国図書の海外普及認定図書」であることが帯に書かれているものです。

 これらはいずれも、二郎神君ら天兵に捕まったものの、どのような刑を受けても死なない孫悟空が、逆に暴れ出して天宮を打ち壊し、勝ちどきをあげるというストーリーになっています。1はその場でかちどきをあげるだけなので、その後お釈迦様との勝負(例の、掌から抜け出せるか否かを争うものですね)が行われる可能性も、一応は残ってはいるのですが、2・3では、孫悟空が勝利した後花果山に帰ってしまい、釈迦如来に会うこともないため、当然取経の旅に出ることもない、ということになります。例えば3の最終頁の文章は以下の通りです。

太上老君は ごくうを 早くやきころそうと 弟子たちに 練丹炉を あおがせました。/四十九日が たちました。/ 太上老君が 練丹炉を あけると ごくうが とび出して きました。/ごくうは 如意棒をふり回し 宮殿に 行きました。だれも ごくうを 止められません。おどろいた 玉皇大帝は にげ出してしまいました。/ごくうは 天宮で 大あばれすると 花果山に 帰りました。そして 斉天大聖と書いた はたの下で 花果山のさるたちといつまでも 楽しくくらしました。

 中国とつながりのあるこの三冊が、何故このようなストーリー展開になっているのかについて、明確にその原因を指摘することは難しいのですが、そのヒントになりそうなのが京劇におけるストーリーの改編です。加藤徹『京劇―「政治の国」の俳優群像』(中公叢書、中央公論新社、2002年)に、中華人民共和国成立直後の京劇改革について以下のような記述があります。

残りの二つのカテゴリー(井上注:有益な演目、無害な演目)に属する演目も、それぞれ「人民性」を高めるよう改編された。/一例をあげると、孫悟空が天宮で大暴れする京劇・崑曲演目『安天会』は、旧来の脚本では孫悟空が天界によって調伏されて終わる。が、翁偶虹らが改編した新しい『大閙天宮』では、孫悟空の「造反」を肯定的に描き、結末も、彼と家来の小猿たちが天兵天将をやぶって花果山に凱旋するように変えた。

 ここに書かれた『大閙天宮』の結末は、中国とつながりがある三冊の絵本の結末と共通しています。従って、これらの絵本も京劇と同様に党の方針に沿った内容になっているのかもしれません。ただし、このような結末が中国の絵本における一般的な結末なのか、それとも様々な結末の絵本がある中で、日本で刊行する際に、何らかの理由によってこのような結末のものを選び出したのか、中国で出版されている西遊記の絵本を調査しないことにははっきりとは判りかねます。また、中国で一般的な形式だったとしても、「党の方針」が原因なのか、単に京劇をまねたのか、他の理由があるのかについても調査が必要ですので、ここではひとまず類似性の指摘に止めておきます。

 次回は、A部分1型(A部分を中心とし、西天取経にでかけるタイプ)と、C部分型(C部分の挿話のみを採用したタイプ)についてお話します。

< 前  /  ぼくらの西遊記  /  次 >