『SOSの猿』-中野先生-『SARU』

 伊坂幸太郎さんの『SOSの猿』は、孫悟空が大きな役割を果たす作品で、悟空の他にも二郎真君、蠍の妖怪、牛魔王、お釈迦様の掌の話など、『西遊記』のいろいろなキャラやエピソードが使用されています。
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 この小説には、上記のエピソードの他、『西遊記』第36~40回にあたる、烏鶏国の話も使われています。が、烏鶏国の話、どちらかというとマイナーな話で、児童書における採用率は、原作で直前に位置する「金角・銀角」よりもずっと低くなっています(サイト「子どものための西遊記」で、2013年5月14日までに調査した181冊中、金角・銀角の話が92冊で取り上げられているのに対し、烏鶏国の話を取り上げている本は20冊)。だから作中で「『西遊記』の烏鶏国の巻を読んだことがないものに説明すれば、こういう話だ」云々と、あらすじを説明しなければいけなかったのでしょう。

 実際、参考文献として挙がっている児童書、渡辺仙州さん編訳の『西遊記』上・中・下(偕成社、2001年)には、烏鶏国の話は出てこないようです。ですので、伊坂さんが烏鶏国に関する部分を書いた時には、大人向けの翻訳、これも参考文献に挙がっている中野美代子先生訳の『西遊記』全十冊(岩波文庫)を参考にしたのではないかと思われます。伊坂さんはこの作品と対になるコミック『SARU』の作者、五十嵐大介さんとの対談の中で、「『西遊記』は子供向けしか知らなかった。それで岩波文庫版を買って読んだら面白くて」と、いっていますが、その「面白かった」話が烏鶏国だったのかも。

 「対になる」五十嵐大介さんのコミック『SARU』の方は、西遊記のプロットや小道具をふんだんに使っているというよりも、孫悟空という存在や、その術である「身外身」(毛を吹いて分身する術)が持つ、社会的・思想的な意味を、核の一つ(もう一つの核は「悪魔祓い」)にしているような作品でした。「社会的・思想的な意味」の内容に関しては、上記の対談に以下のような箇所があり、こちらも中野先生(ただしこちらは翻訳よりも解説書の方)の影響を受けているようです。

NHK教育の「人間大学」という番組で、中国文学者で作家の中野美代子さんが『西遊記』をテーマに講義をやったんですね。そのテキスト『孫悟空との対話』(日本放送出版協会)を読んだら、『西遊記』の成立の過程とか、陰陽道による読み解き方とか、キャラクターの関係性とかがすごく面白かった。

 なお、この『SOSの猿』と『SARU』という二つの作品、「対となる」というだけあって、片方だけ読んだだけだと、多分「なんのこっちゃ」となりそうな箇所がいろいろあります。やはり両方読んだ方がずっと解りやすいし、楽しめるような仕掛けになっているようです。
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※ 2016.09.06 Amazonリンク訂正。