伊藤貴麿関連資料(15)「漁夫許の話」

「劉孝廉の話」(『新小説』30-1、大正13年)の最後に収められているのが、今回の「漁夫許の話」。『聊斎志異』巻一の「王六郎」を訳したもので、漁師と霊(後に神)との友情のお話です。

劉孝廉の話     伊藤貴麿

漁夫許の話

 許といふ姓で、淄の北郭に住んで居る者があつた。漁りを業として、毎夜酒を擕へて河頭に行き、飮み且漁りをするのであつた。彼は飮んだ時は必ず少量を地にあけて、祈つて曰つた。
「さあさあ、河中に溺れた人達もお飮みなさい。」
 殆ど以上の事を缺かさなかつた。そして、他の者に鳥渡も漁のない時でも、許には、籃一ぱい獲物の有るのか常であつた。

 或る夕方も獨りちびりちびりやつて居ると、一人の若者が來て、其の側を徘徊するので、之にも盃を差して、世間話を爲乍ら一緖に飮んで居た。其の內時間が經つたが、夜通し一匹も獲物がなかつたので、くさくさ爲て仕舞つた。と、若者が起上つて曰つた。
「下流から貴方の爲に追つて上げませう」
 かう云つたかと思ふと、瓢然として何所へか去り、暫くして復返つて來て曰つた。
「さあさあ、魚が澤山やつて來ましたぜ」
 すると果して、あつぷあつぷいふ音がして、網を擧げて見ると、數匹を得た。皆尺餘のものである。許は大いに喜んで、歸りがけに魚を別けて贈らうとしたが、其の男は受けずにかう曰つた。
「毎度うまいお酒を頂戴して居るのに、鳥渡した事に御禮などに及びますものか、もしよければ、いつもこんな事位の事は爲て差上げませう。」
 そこで許は曰つた。
「鳥渡一ぱいやつたゞけちやありませんか、毎度などゝはどうも………これから先も附き合つて下されば、誠に結構です。たゞ何も御愛想が出來ないのが愧しい次第です。」
 そして姓名を問ふと、相手は曰つた。
「姓は王と云ふんです。名などは有りません。會った時には、王六郞と呼んで下さればいゝんです。」
 二人は遂に別れた。翌日、許は魚を賣って、酒をたつぷり買ひ、晚に河干に行つて見ると、若者は已に先に來て居た。そこで一緒に喜び飮み、數杯を傾けたところで、又許の爲に魚を追つてくれて、かうして半年も經つた。或る日王が急に許に吿げて曰つた。
「お目にかゝつてから、兄弟より親しくして頂きましたが、もうあすお別れしなければなりません。」
 其調子がひどく傷ましさうである。驚いて訊ねると、言はうとして再三止めた後に、たうとう吿げて言つた。
「こんなに親しい仲なんですから、言つてもまさかお疑ひにはなりますまい。それに、今別れて仕舞はうとするのですから、打明けてもいゝかと思ひます。私は實は此の世の者ぢやないのです。生れ附き酒が好きで、醉つぱらつて溺死し、數年來魂魄が此所に留つて居たのです。前から貴方の獲物が他人より多かつたのは、皆ひそかに私が追つてあげたからです。それは貴方が酒を手向けて下さるのに對する、御禮心だつたに過ぎません。明日は業も滿ちて、私に代る者が來る筈ですから、これから生れ代らうといふ譯です。一緖に會ふのも今晚だけだと思ふと、有繫に名殘が惜まれてなりません。」
 許は初めて聞いて、甚駭いたが、長らくの親しい間柄なので、さのみに恐くも思はず、王の爲に啜り鳴いて、酒を酌んで曰つた。
「これを飮んでくれ。くやむな。もう逢へなくなるのは悲しいには違いないが、業が滿ちて生れ返ると云ふんだから、お祝するのが本當だ。悲しむのは間違つとる。」
 そこでゆつくり共に飮みながら、代りの者といふのは誰だと訊ねた。
「貴方が河邊で御覽になるに違いない。明日正午に一人の女が、河を渡らうとして溺れるのがそれです。」と王は曰つた。やがて村の鷄が鳴き出したので、二人は淚を流して別れを吿げた。
 翌日許は敬虔な氣持で、其の不思議を見る爲に河邊に至つて見ると、果して一人の婦人が赤ん坊を抱いてやつて來て、河に來たかと思ふと、墜落し、兒だけを岸に拋げ上げたので、赤ん坊は手足をはねて啼出した。女の方は浮いたり沈んだり幾度かしたが、急にびつしよ濡れになって、岸を攀じて出て來た。そして、地にうづくまつて、暫く息ふて居たが、やがて兒を抱いて往つて仕舞つた。初め女が溺れた時、許は堪り兼ねて、よつぽど奔り出て救はうと思つたが、此の女が六郞に代るんだと考直して、故と思ひ止どまつて救はなかつたのだ。許は女が自ら這出した時は、王の言に驗(げん)のなかつた事を疑つた。暮になつたので、もとの場所へ行つて漁りして居ると、若者が復やつて來て曰つた。
「やあ、又逢ひましたね。」さう云つて、今度はもう別れの事は言はない。許は其の譯を訊ねて見た。王は云つた。
「女が私に已に代るところだつたんですが、私は抱えられて居る赤ん坊が可哀さうだつたのです。つまり私一人の爲に二人が命を落す事になるので、故と思ひ止どまりました。此の次は身代りが來るのは、何時の事になりますやら。或ひは私達二人の緣が未だ盡きないのでせうかね。」
 許は聞いてひどく感じ入って曰つた。
「きっとお前さんの奇特な心懸けが、上帝に通じますわい。」
 それからも相會ふこと初めの通りにして居たが、四五日目に又來た時別れを吿げるのであつた。許は復身代りが出來たのかしらと思ったが、
「いえ、違ひます。」と王は曰つた。「たうとう前の私の一念が上帝に通じて、今度招遠縣の鄔鎭に土地を給はつて神になり、あす赴任する事になつて居るのです。昔の宜みを忘れ兼ねたら、はるばる途を厭はず、一度尋ねて來て下い。」 許はお祝ひして曰つた。
「君の正直が神となつたのだ。有り難いことだ。然し、神と人とには隔たりがある。はるばる尋ねて往くには往つても、どうにも爲樣があるまいがね。」
「たゞ來て下さい。心配せずにね。」
 かう若者は再三駄目を押して往って仕舞つた。許は家に歸つて旅裝をとゝのへて、東の方に旅しやうとすると、妻が笑つて曰つた。
「はるばる數百里も往つて、其の土地があるにしても、相手が土偶ぢや、ー緖に話す事も出來ないぢやないか。」
 然し、許はきかず、竟に招遠迄やつて往つて、其所の人に訊ねて見ると、果して鄔鎭といふのがあつたので、其處へ尋ね着いて、宿屋に休んで、祠の所在を問ふて見た。すると、主人が喫驚して、お客さんは許とは仰有りはしませんかと訊ねるので、
「さうですが、」と許は曰つた。「どうして御存じなんですか。」
 又主人は曰つた。
「お客さんの村の名は、淄といひはしませんか。」
「さうですが、どうして解ります。」
 これには主人は何とも答へず、急に出て行くと、老若男女が入口から窺つて、ぞろぞろとやつて來て、ぐるつと廻りを取卷くので、許は益驚くばかりであつた。皆は日つた。「數夜前、我々に神のお吿げがあって、淄川の許といふ神樣のお友逹がいらつしやるから、款待せよと云ふ事で御座いました。」
 許は謹しみもてなされて少らく居たが、不思議に思ひ、祠へ往つてお祭りし、祈つて曰つた。
「君と別れてから、寢ても醒めても忘れる暇なく、曩の約束を守ってはるばる來た譯です。今又土地の人に夢のお吿げを垂れて下すつた事は、膽に銘じて嬉しく思ひます。お愧しい次第ですが、お供へする物とてはありません。こゝに酒を持參しました。もしよければ、前に河邊で飮んだやうに、召上つて下さい。」
 祈り終つて紙錢を焚くと、俄に座の後ろから風が起り、つむじを卷いたが、やがておさまつた。夜夢に若者が來たが、农冠はきらびやかで、大いに平常とは違つて居た。そして、お禮を云って曰つた。
「わざわざ訪ねて下すつて嬉し淚がこぼれます。たゞこんな職にありますので、面と向つてお會ひする事が出來ず、直ぐお側に居ながら、返つて殘念です。土地の者がつまらん物を差上げるでせう。それが聊先きの宜みのお返しです。お歸りの節は又お送り致しませう。」
 許は數日間居て、歸らうとしたが、皆が切りに留めて、朝に請ひ暮に迎へるといふ有樣で、更に數日を經て、堅く辭して行かうとしたので、村人達は色んな物を持って、爭つて來て、土產物にしたので、朝のうちにもう袋一ぱいになつて仕舞つた。それから、兵士や稚子に至る迄、丁寧に村から送出してくれるのであった。と急に旋風が起つて、十數里も後に從つて來た。許は再び拜して曰つた。
「六郞よ、自らいたはつて、もう遠く迄送つて下さらないや
うに。君の情深い心は、人民に福を垂れて、友達の願ひを無になさるやうな事はありますまい。」
 旋風は長らくくるくる渦卷いて居たが、やがて收って仕舞つた。これを見て村民達は、再び不思議に驚いて返つて行つた。許は家に歸つてからは、やゝ裕になつて、遂に漁りをしなくなり、後々も招遠の人を見れば、尋ねて見るのであつたが、其の祠の靈驗は、響きの如く覿面であるといふ話であつた。或ひは其の場所を、章邱の石坑莊だともいふが、未だ確かなことは解らない。


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