調査:児童書における「河童の沙悟浄」

 序章3「どこからが日本の「児童書」西遊記?」で書いたように、児童書西遊記の嚆矢は、一般的には明治32(1899)年に刊行された巌谷小波の『孫悟空』(博文館、世界お伽噺10)であると見られています。しかし、序章5「巌谷小波 『 孫悟空 』」に述べましたように、この本は孫悟空が玄奘三蔵の弟子になるまでの部分を書いていて、弟子入り後は、いきなり

元より強い悟空の事ですから、途中で悪魔や妖怪(ばけもの)が、幾度も三蔵を奪(と)りに来ましたのを、一々みんな退治まして、首尾好く天竺まで送りました

と、簡単に天竺に到着させてしまいます。従って沙悟浄は登場しません。

 児童書西遊記で、初めて沙悟浄が登場するのは、私が見た範囲では、明治43(1910)年に刊行された小杉未醒『新訳 絵本西遊記』(左久良書房)です。ですので、これ以降の児童書西遊記から、例によって無作為抽出した(手当たり次第とも言います)187点について、本章1「「河童の沙悟浄」という認識」で原文を引用した、沙悟浄が三蔵一行の眼前に登場する場面で、沙悟浄がどのように呼ばれているかを基準として調査・分類しました。複数の呼び方が用いられる書籍については、その場面における呼び方を優先したのですが、他の場面や解説文において沙悟浄を「河童」としていることが確認できたものについては、沙悟浄を河童と呼ぶ作品に分類しました。なお、漢字の記述とルビが一致しない(例えば「妖怪」「妖精」などと書きながら、「ようかい」「ようせい」とせず、「ばけもの」とルビを振るような)ものも少なくないのですが、この場合ルビに従って分類しました。

 それぞれの本の個別の調査結果は、「日本の児童書西遊記Ⅱ」でご覧いただけます。沙悟浄の呼称を調査した書籍の「沙悟浄」の項目には、「A 河童」「B 妖怪」などのタグを付けてありますので、どのタグがついているかを見れば、その本における沙悟浄の呼称がわかります。また、画面右側のタグ一覧で、タグ名の左についている数字が、その呼称を用いている書籍の数ということになります。また、タグ名をクリックすれば、その呼称を用いている書籍の一覧を見ることもできます。なお、これを書くための調査をした(2016年)後も、データベースでは沙悟浄の呼称情報を追加していますし、今後も追加していく予定ですので、点数や比率がやや変化することがあり得る点は、予めご了解いただきたいと思います。

 さて、その結果、沙悟浄の呼称は次の表のように分類できました。左から呼称、該当する書籍の件数、全体に占める比率です。

  呼称 件数 比率(%)
河童 49 26.2
妖怪 30 16.0
怪物 14 7.5
化物 43 23.0
魔物 17 9.1
大入道 16 8.6
その他 18 9.6
  合計 187 100.0

【表1】児童書西遊記における沙悟浄

 この表からわかる様に、実は児童書においては、沙悟浄を河童とする書籍の比率(以下「河童率」と略称します)は意外に高くなく、全体の4分の1程度しかありません。児童書西遊記で初めて沙悟浄を河童とした昭和7(1932)年三月刊の『孫悟空』以降の本(171点)に限ってみても、河童率は3割未満です。全時代を通した場合、児童書西遊記の河童率はそれほど高くないといえるでしょう。

 それでは、次に時代別に河童率の変遷を見てみたいと思います。10年を一区切りとして、河童率の変遷をグラフにすると、次のようになります。



【図1】 河童率の変化

 このグラフから、以下の様な事が言えるでしょう。

  1. 1930年代に「河童の沙悟浄」が登場したからといって、児童書西遊記の中ですぐに一般的になったわけではない。
  2. 河童率が急激に上昇したのは1980年代である。
  3. 現在では半数以上が沙悟浄を河童としている。

 アンケートでは、沙悟浄を河童と認識したソース(何から「沙悟浄=河童」という情報を得たか)も挙げてもらっていたのですが、「児童書西遊記」を挙げる人も少なくありませんでした。これは3のように現在では半数以上が沙悟浄を河童としていることがその理由なのではないかと考えられます。

 さて、上の三つの中で、筆者が特に興味深く思うのは2の問題です。何故1980年代に河童率が上昇したのでしょうか?

 次回からはこの点について考察を加えたいと思います。

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