貫華齋

西遊記・金聖歎・中国古典小説

どこからが日本の「児童書」西遊記?

 「ぼくらの西遊記」では、日本における児童書西遊記の歴史をお話しようと考えています。その場合、まずどの本を最初の児童書西遊記と見なすかを決めなければなりませんが、一般には、巌谷小波の『孫悟空』(博文館、一八九九(明治三二)年)から説き起こすことが多いようです。これは、「児童文学」という考え方が西洋から輸入されたもの(つまり近代以降のものである)と考えられている事、巌谷の「こがね丸」が「児童文学の嚆矢」とされている事などと関係があると思われます。

 確かに巌谷の『孫悟空』と、同時代に作られた(おそらく子供も読んだと思われる)伝統的な形態の木版や銅版の「絵本」とを比較しますと、体裁が全く異なります。一八九九年のものではありませんが、それを他の話と合わせて一冊にした『世界お伽噺』が「国立国会図書館デジタルコレクション」としてネットで公開されており、同時代の木版や銅版の西遊記も公開されていますので、比較してみていただければ、一目瞭然かと思います。以下にリンクを張っておきます。

巌谷小波『世界お伽噺』(353コマ左から「孫悟空」)
  http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1873988

伝統的な木版や銅版の(子供向けの?)「絵本」に含まれる西遊記
・ 一八八九年 沢久次郎 編 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/883578
・ 一八九〇年 井上市松 編 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/883631
・ 一八九〇年 綱島亀吉 編 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/883636

また、内容を見てみても、巌谷小波のものがストーリーを書いているのに対し、後者は名場面を見開きで並べたものになっており、その点でも異なっています。従って、確かに巌谷の『孫悟空』はそれ以前のものと一線を画す本であったといえるでしょう。

 それでは(近代以降の)児童文学の西遊記を語る場合、巌谷以前の西遊記には触れる必要が無いかというと、実はそういうわけにもいきません。なぜなら巌谷の『孫悟空』をはじめとする児童書を含め、戦前までの西遊記は、江戸時代に翻訳された、ある西遊記の影響を強く受けている、というか、その本にもとづいて作られたものがとても多いと考えられるからです。

 「その本」とは、『画本西遊全伝』です。例えば日本で最初に西遊記を完訳した、平凡社中国古典文学全集『西遊記』下巻(一九六〇年)の「あとがき」には「明治・大正・昭和を通じ、西遊記を扱った書物は、少しく誇張して言えば、雨後のたけのこの如く生れたが、それは前記「絵本西遊全伝」の複刊か、もしくはその焼直しであり、その訳業は、ほとんど前進を見なかった」と書かれています。ここで「絵本西遊全伝」と呼ばれているのは『画本西遊全伝』のことです。「画本」と「絵本」はしばしば通用され、本によっては表紙には「画本」と書いてあるのに、中身には「絵本」と書いてあるものまであります。

 それはともかく、「雨後のたけのこの如く生まれた」西遊記ものが、「絵本西遊全伝」の「複刊か、もしくはその焼直し」であるとする指摘から、その影響力の大きさがうかがえます。また、この「あとがき」で、参照すべき論文として挙げられている鳥居久靖先生の「わが国に於ける西遊記の流行-書誌的に見たる」(『天理大学学報』七-二、一九五五年)も、明治以降に出版された「画本西遊全伝」の翻刻本として、以下の六点を挙げ、これらの翻刻本、特に帝国文庫の出版によって、大正から昭和にかけて、「わが国に於ける西遊記の代表的地位を獲得」し、当時の日本の西遊記の「ほとんどが画本に拠っている」としています。

 ここでは戦前に画本(絵本)が「復刊」されたものをいくつか挙げてみましょう。

・「絵本西遊記」『校訂四大奇書三巻 西遊記と弓張月』 博文館帝国文庫三九、一八九六(明治二九)年  (画像は孫悟空とお釈迦様の場面)
帝国文庫.jpg

・『絵本西遊記』 全三冊、吉川弘文館葵文庫、一九一〇(明治四三)年 (表紙は「画本西遊記」)

・『水滸伝3・西遊記』 国民文庫刊行会続国民文庫一一、一九一三(大正二)年
   → http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/926066

・『絵本西遊記』 有朋堂書店 有朋堂文庫、一九一八(大正七)年 
(ただし国立国家図書館サーチによると、横浜市中央図書館・広島県立図書館・青森県立図書館・神奈川県立図書館に一九一三年刊行のものがあるとされています)
   → http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1018127

・「絵本西遊記」『南総里見八犬伝 四』 博文館帝国文庫二九、一九三〇(昭和五)年

・『西遊記』 博文館 博文館文庫、一九三九(昭和一四)年

 このほか、学生文庫の『新訂西遊記』上・下(至誠堂書店、一九一一(明治四四)年、国立国会図書館デジタルコレクション http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/896488)も、大町桂月による解題「西遊記を冕ず」に、「訳本」(『画本』のことと思われる)を採用したと書いてあり、内容を見ると確かに上の本とあまり変わらなかったりします。他にも探せばこのような本はたくさんあることでしょう。

 このように、江戸時代はもちろん、近現代の西遊記受容を語る上でも『画本西遊全伝』は欠かすことができません。一見近代的な児童書西遊記も、内容はこれに基づいて作られていたのです。

 そこで、本ブログでも「児童書」西遊記は巌谷小波『孫悟空』から、ということにしておきますが、それについてお話しする前に、次回はまずこの『画本西遊全伝』についてお話ししておきたいと思います。